人間関係

しょうもない自分をさらけ出したら、人間関係がうまくいった

突然ですが皆さんは、人間関係の悩みで毎日疲弊してはいませんか?

仕事やママ友、嫁姑や家庭内でも、人間関係の悩みは尽きることがありません。

オタク主婦
マウント取られたり、嫌み言われたり、反対にこんなこと言っちゃって嫌われないかと心配したり。

実は私も、数年前までは職場で使えない人だと思われてやしないか、毎日不安でした。

「できる人」と思われるために、仕事で失敗しないように頑張っていましたし、周りの人たちにも嫌われないように気を使っていました。

 

家に帰ってからも、自分の今日の行動をチェックし、ひとり反省会をしていました。

今考えると、本当にどうでもいいことで悩んでいたなと思います。

オタク主婦
やっぱり誰からも嫌われたくないわよ。

それが今では、自分の思っていることや、何ならやりたくないことをそのまま伝えられるようになり、毎日が本当に楽になったと感じています。

 

こんな方におすすめ

  • だれかに嫌われていないか心配な人
  • 人間関係で悩んでいる人

 

人間関係の悩みは尽きないと言いますが、もしかしたら自分を大きく見せようとしているからではないかと思ったんですよね。

 

仕事で失敗することを極端に恐れていたり、できる人を演じていたり、迷惑をかけないように必死になっていたり。

でも自分なんて大したことないしょうもない人間なんだということを受け入れてしまうと、それを隠す必要が無くなり、自由に生きられるのではないかと思ったのです。

 

しょうもない自分を受け入れる

自分なんて、実はそんなにちゃんとできないし、失敗してばかりでしょうもない人間だということを、周りから思われる前に世間にさらしてしまうのです。

今までは、ダメな自分では誰からも認められないと信じていましたが、自分からカミングアウトしてしまうと、意外と大丈夫だったりします。

 

好かれることが正義だと思っていた

迷惑をかける人はダメな人だと信じていましたし、自分勝手に生きていると人から嫌われると思っていたんですよね。

なんなら、みんなから好かれることが正義だと思っていましたし、気に入られるようにとか嫌われないように頑張っていたように思います。

 

ですが、なんていうか、モヤモヤするんですよね。

相手に媚びを売っているような、自分と相手が対等ではないような気がしてしまい、自分が低い存在のように感じてしまうのです。

オタク主婦
好かれるためにはしょうがないと思っていたわ。

小さい頃から、みんなから人気がある人が羨ましかったですし、自分もそうなりたいと思っていました。

だから、自然と相手が喜ぶ行動をしちゃうんですよね。

 

でも本当の自分は、相手の話を聞くことよりも自分の話を聞いてほしいし、素直でいたい。

嫌われたくない気持ちと、自分の意見を素直に言いたい気持ちがぶつかり合っていて、コミュニケーションが苦手になってしまいました。

 

「ちゃんと」できるように頑張っていた

子どもができてからは、嫌われたくないという意識がさらにエスカレートしました。

自分の子どもが周りの人に迷惑をかけやしないか目を見張って、先回りして子どもの行動を阻止したりしていました。

オタク主婦
おじさんに怒鳴られてへこんだこともあったわ。

こんなに気を使っているのに、買い物に行っても息子が走り回るので、しつけがなってないとか散々言われてましたね。

こんなに嫌われないように生きてきたのに、子どものせいで自分が「ダメな人」と言われているようで、その頃は人と接触するのが本当に嫌でした。

 

しかし、息子が幼稚園に行くようになると、同じような子がたくさんいることに気づくのです。

幼稚園生の男の子なんて野獣みたいなものよ。
斜に構える人

しつけのなっていない息子で申し訳ないと思っていたのですが、幼稚園の先生たちは我が子を含め子どもたちを全肯定してくれたのです。

 

それまでは、ちゃんと座って待っていられる子にしつけなきゃと頑張っていたのですが、そもそも無理だったんですよね。

幼稚園に行くようになって、息子もいつの間にか座っていられるようになりましたし、落ち着くようになりました。

オタク主婦
やっぱり先生や環境ってすごいわよね。

私は、子どもがちゃんとしていないと、自分がだめな人と思われると思っていたのです。

だから、子どもが学校でちゃんとできていないことを極端に恐れていました。

そりゃ疲れるわ。
斜に構える人

子どもが学校でちゃんとできるか、いつも心配していたんですよね。

この「ちゃんと」っていうのがなかなか厄介で、周りの、特に大人からどう見られているかをやたらと気にしていたのです。

 

一方で、周りの目をまったく気にしない息子が、めちゃくちゃたくましく思えました。

自分にはない強さを持っているな、と羨ましくも感じました。

 

人の目を気にしないで生きる

人の目を気にして生きてきた私とは真逆の性格の息子が、毎日自由に生きているように感じられて、どうやったらそうなれるのか観察することにしたのです。

他人の目を気にしないで生きられるようになれば、私だけではなく世の中の大人たちも楽に生きられるのではないかと思いました。

 

ちなみに現在高校生になった息子も、過去にはクラスメイトから理不尽なことを言われたこともあったと言いますが、落ち込むようなことは全くありませんでした。

周りから何か言われても、自分の価値を自分で下げなかったからだと思うのですが、本人は「周りがガヤガヤ言って雑音にしか聞こえない」と言っていました。

オタク主婦
このたくましさが欲しいわ、、

自分に対して絶対の自信があるのか、なんでか分からないんですけど、周りの人から自分を批判されてもそれを採用しないといった感じです。

 

嫌われる勇気が教えてくれたこと

嫌われる勇気という本が有名ですが、わざわざ人から嫌われたいと思っている人はあまりいないのではと思っていました。

 

しかしこれを息子に聞いてみると、「べつに自分が好きでもない人から好かれようが嫌われようがどっちでもいい」というのです。

さらに、自分が嫌いな奴から嫌われているほうが都合がいいとまで思っているようでした。

 

私は基本的に、自分のことを好きでいてくれる人はありがたい存在だと思っていたので、この部分でも自己肯定感のなさがうかがえます。

オタク主婦
こんな自分を好いてくれてありがとう、みたいな。

息子にはこういう感覚がなかったのです。

好きな人は自分が選ぶ、という感じです。

 

でもこれ、文章にしてみると至極当然ですよね。

こんな当たり前のことなのに、私は今までそれすらできていなかったということに愕然としました。

 

選ばれる自分になるというのは、他人ありきです。

自分がなりたい自分ではなく、他人が素晴らしいと思う自分になろうと頑張っていたんです。

オタク主婦
どうして他人からよく思われたいのかしら。

これは、そもそもの人間の本能のようで幼少期から刷り込まれているというか、本能みたいなもの。

ですから、今まで人の目を気にして生きていた人が、いきなり他人の目を気にしないで生きるというのは難しいかもしれません。

 

しかし、意外と他人の目って適当というか、みんな自分のことで精いっぱいで他人のことまで見ていなかったりします。

 

周りの人がみんな完璧だったら自分の完璧じゃないといけないって思うかもしれませんが、自分よりできていない人を見るとホッとしませんか?

人間関係で悩んでいる人は、本当の自分を隠して、できる自分を演じているだけかもしれません。

 

人生をイージーモードに変える

他人の目といっても、意外と他人は自分のことを見ていません。

これは、自分自身だって周りの人の着ている服を覚えていないのと同じで、結局人は自分のこと以外あまり興味がないということなんです。

 

それなのに、ほとんどの人は、他人からみられる自分というものを意識しますし、自分が嫌われるのを極端に恐れます。

それは、集団から疎外されると生きられなかった遠い昔の常識が、今もなお影響しているからです。

オタク主婦
それって縄文時代とかの話よね。

嫌われるのを極端に恐れる文化というのは、昔からずっと廃れることなく伝え続けられてきたわけですが、そのお陰で我々は、余計な労力や心労を重ねているのではないかと思うのです。

 

現代は、島の中から出られないということもありませんし、インターネットがあれば住む場所も自由。

ならば、村八分を恐れる必要はもはやないのでは?と気づいちゃったんですよね。

オタク主婦
万人に好かれるよりも、嫌われる勇気を持つほうがよっぽど楽かもしれないわ。

頑張って人の目を気にないというよりは、人の目を気にすることをあきらめるという感じですかね。

もうあきらめて「どんな風に思われても死にやしないし」と開き直ってしまうと、人生がかなりのイージーモードに変わります。

 

人間関係の悩みは、本当の自分を出すと解決する

今では自分をまあまあさらけ出してしまっている私ですが、少女時代はお友達から嫌われないように言動を意識していた時期があります。

自分の言ったことで相手に嫌われていないか、うじうじと悩んでは、電話をして先に謝ってしまうという謎の行動をとっていました。

オタク主婦
重たい女タイプね。

その後、進学したのですが、そこで自分の常識が一気に覆されました。

学校が少し特殊だったこともあり、なかなかのくせつよな人が集まっていたんですよね。

 

その人たちはみんな他人に興味がないので、嫌われるという概念がないように見えました。

その人たちと一緒にいると、自分をさらけ出しても誰も何も言わないし、そもそもそれが当たり前の世界だったんです。

 

その時に、本当の自分とは何か?ということを、少しずつ感じられるようになりました。

しかし、自分をさらけ出せる環境はそうそうないですよね。

 

このことを再び思い出せたのは、我が息子がまさに他人に興味がないという特殊な人だったからです。

こういう人が身近に一人でもいると、自分の概念を崩してくれるので、生きるのがとても楽になるのかもしれません。

 

自分の経験と、息子の言動を観察し、楽に生きるヒントをもう少し調べていこうと思います。

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