突然ですが皆さんは、もっと自信を持ちたいとか、もっと自分を好きになりたいと思っていませんか?

私自身も、自分に自信があるほうではありませんでしたが、我が息子はなぜか自分に自信があるタイプで、しかもまあまあ自分のことが好きなのだそう。
自分のことを無条件で受け入れられると、一人でいても寂しいと感じないらしく、他の人が何をしていてもあまり気にならないのだそうです。
反対に、私は小さいころから、何事もちゃんとやらなければという気持ちが強かったので、少しでもうまくいかないと落ち込んだりイライラしてしまっていました。
そんな自分が本当に嫌で、すぐに気にしてしまう性格を何とかしたいと思い、解決方法を探していた時に息子のことを思い出しました。
息子はいつも自分に素直で、人からの評価をあまり気にしていないからか、自分のやりたくないことはやらないか、かなり手を抜いています。
人に媚を売るということが全くないので、人気者ではありませんが、本当に気の合う仲間が数人いるという感じです。
しかし、人の評価をまったく気にしないので、見ている親がヒヤヒヤしてしまいます。

そもそも一人でも大丈夫なタイプなので、人から嫌われたらどうしよう、という概念がないのです。
人からの評価を気にせず自分のやりたいことに全集中できるので、無駄な労力を割く必要が無くなり、自分の夢も叶いやすいのかなと思っています。
こんな方におすすめ
- 自分に自信がない人
- 自分を好きになれない人
ちなみに私は、小さい頃は自分に自信がなく、その性格を何とかしたいと、様々な分野の本を読んだりして直そうと努力してきました。
しかし、根から変わるのには時間がかかるということも分かりました。
一方で、息子は何事にも動じないメンタルおばけになりました。元々の性格もあるかと思いますし、そのように仕向けた声掛けをしてきました。
人生をイージーモードにする

前回のブログでも、自分をさらけ出すと人生がイージーモードになると書きましたが、「自分を出すとますます他人から嫌われちゃうのでは?」というお声もいただいています。
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しょうもない自分をさらけ出したら、人間関係がうまくいった
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私自身しょうもない人間ですが、そんな自分をさらけ出してしまったら全ての人から嫌われるのではないかと思っていました。
しかし、自分が素直になればなるほど人が集まってきて、みんなから慕われるようになったのです。
しかも、私の要求を聞いてそれを叶えようとしてくれたり、気にかけてくれるのです。
自分ではわがままだと思えることでも、包み隠さず表に出すことで、なぜか周りから優しくされるという現象が起こりました。
まず自分から鎧を脱ぐ
私はこの現象を「まず自分から鎧を脱ぐ」と表現しています。
自分から素っ裸になってしまうのです。

先にこちらの弱みを見せてしまうことで、相手も本心を出しやすくなるようなのです。
自分をさらけ出しても大丈夫だと感じる場所のほうが安心だし、しょうもない自分でも大丈夫って思えます。
人間なんて、本来は誰からも怒られたくはないですよね。
ですが、怒られないようにと頑張りすぎて、できる人を演じてしまっている人があまりにも多いのです。
ちなみに息子は、字が壊滅的に汚いのですが、それを気にする様子もありませんでした。
あまりにも字が汚いので、周りからどう思われるのだろうと心配をしているのは親だけで、本人はとっくの昔に潔く諦めていたんですよね。
できないことを恥ずかしがることもなく、ただ事実として受け入れられたら最強ですが、そう簡単にはできないものです。
ですから、できないことがあるのなら先にカミングアウトしてしまうことです。
ちなみに息子の場合は「書字障害」ということにしてしまいました。カミングアウトしておけば、字が汚くても許されるかなと思ったからです。
できないことをできるように努力するのは素晴らしいことですが、できないことも含めて自分だと受け入れてしまうことも必要なことです。
しょうもない自分を認める
息子は、字が汚いということをさっさと認めてしまい、人生をイージーモードにしていました。
そして私も、息子を通して完璧主義を手放し、少しずつ人生が楽になっていくのを感じています。
全てをひっくるめて「自分」という存在を自分が全肯定できるようになると、人生が本当に楽になります。
しかし、中には「しょうもない自分を認めたくない」という人もいますよね。
しょうもない自分を受け入れてしまうと、努力もしなくなり、なんにもできない人になるかもしれない。
特に自分に自信がない人は、努力が足りないとますますハードモードに設定しがちですが、実はしょうもない自分をさらけ出してしまうほうが自信がつくのです。
人間ていうのは、好きなことをしていると生産性が上がります。
苦手なことを克服したとしても、それはやっと人並みになっただけで、それなりにちゃんとできる人になっただけ。
それよりも、できることをもっと尖らせたほうが、自分の強みになるからです。
ちゃんとできるように、という呪縛から解放される

今までは、子どもができないことをできるように教えたり、世の中に出ても恥ずかしくないようにちゃんとできる人に育てなきゃと頑張っていました。
しかし、ちゃんとできるようにしたいのは私で、子ども本人ではないんですよね。
しつけなどは親が身につけさせるべきという考えは、半分は親本人のためであって子どものためだけではないのです。
親である私が世間からどう思われるか、という他人目線でいる限り、子どももまた自分に自信を持つようにはならないのです。
自己肯定感が低い理由
日本人は自己肯定感が低いというのは周知の事実ですが、これは国民性かもしれませんね。
アメリカをはじめ諸外国は、自分という存在をめちゃくちゃアピールしてきますが、日本人は謙虚で自分をアピールすることをしません。
日本では、自分をアピールしたり自分を好きだと言えるような人は、謙虚さが足りないと思われ避けられがちです。
そのくせ周りの目を気にしていて、自信がないくせに認められたいと思っているので、ちょっと面倒臭いところがあります。
私は、日本人が自己肯定感が低い理由は、そういう教育をされてきたからだと思っています。
小学校や中学校では協調性を学び、授業中は立ち歩いてはいけないし、私語を慎むように教育されます。
しかし、アメリカやカナダ、シンガポール辺りは、自分の意見を伝えてなんぼみたいな教育方針なので、受け身な授業ではありません。
自分の意見を持ち、それをバンバン伝える場があるので、自然と自己肯定感が高まるんですよね。

アメリカの企業では、自分の意見を言わなければ出世もできないし、仕事ができないと思われてしまうという話も聞きました。
しかし日本では、嫌われたくないので自分の意見をあえて言わないという人のほうが多い気がします。
日本では、言われたことをちゃんとやる人が評価されます。
これは言ってしまえば、自分の意見よりも他人の意見のほうが大事だというわけです。
自分の本当の気持ちを無視して、なかったことにする癖がついてしまうと、自分を大事にできなくなるのも無理はありません。
嫌われることを恐れなくなる
私も幼少期の頃は、人から嫌われたり怒られるのを極端に恐れていました。
しかし、怒られるということを恐れなければ、人はかなり自由になれるんじゃないかと思っています。
その点でいうと、息子は人から嫌われることをまったく恐れていないので、自由を謳歌しているようにも見えます。
自分がやりたくないことはやらないことを徹底していて、「怒られても、その時だけ我慢しちゃえばやらなくていいんだからねぇ。」と、ニヤニヤしながら話していました。

ちなみに、子どもたちが通っていた中学校は校則も厳しく、忘れ物や身だしなみには特にうるさかったので、親も毎日ピリピリしていたんです。
ある日、娘が忘れ物をしたので学校に届けに行くと、顔にたくさんのピアスがついた生徒2人が遅れて登校してきました。
明らかに校則違反だし、先生にも散々注意されているであろうこの2人は、今日も堂々と遅刻して学校に来ていました。
一方で、娘が怒られやしないかビクビクしながら忘れ物を届けに来ている自分が、あまりにもしょぼく感じられました。

ちゃんとできてないと思われることに対して、苦手というか絶対にいけないことのように思い込んでいる人も多いですよね。
ですが、怒られても自分の主張を曲げなければ、「この人はこういう人だから」みたいなポジションを取れるのではないかと思ったんですよね。
ちゃんとできていないと先生や親から怒られると思っていたり、怒られるのを恐れていると怒られないための行動をとるようになります。
そうすると、(こいつは強く言えばいうことを聞くやつ)と、雑魚扱いされるわけです。
反対に、怒られても全く動じない姿を見ると、凄味すら感じられますよね。
このポジションを取ってしまえば、人生はかなりイージーモードになります。
怒られるのを怖がらなければ、人生はイージーモードになる

つくづく思うのですが、私たちは怒られるのが苦手ですよね。
自分を全否定されるように感じてしまうからだと思うのですが、実はこの「怒られる」ということをきちんと受け入れると、恐れる必要がないことに気づきます。
ちなみに、怒りを感じるときというのは、大抵自分の思い通りにいっていないときです。
ですから怒りとは、思い通りにいっていなくてイライラすると言ってるだけなのです。
目の前の人が勝手にイライラしているのに、その感情を受け入れる必要は全くありません。
しかも、他人の感情と自分の感情を線引きできるようになれば、これからの人生はかなりイージーモードになります。
